【教えて、のりそら先生】学校の常識 ”体育座り”を考える

みなさん、こんにちは。

のりそらです。

学校経営理念

私は、『教育に選択肢を、人生に革命を』を経営理念に、

学校教育目標

教育目標を『明日も行きたくなる学校』すなわちNEXTAGE SCHOOLとした次世代の学校の運営をしています。

ここでは、教育に関わるテーマを1つ挙げて、それについての考えを共有しつつ問題提起を行っています。

さて、今回は、体育座りについてお話をさせていただきます。

目次

  1. 本日の内容: 【教えて、のりそら先生】学校の常識 ”体育座り” を考える
  2. ”体育座り”廃止の傾向
  3. ”体育座り”とは?
  4. 体への影響 
  5. すでに廃止している学校も
  6. ”体育座り”総括
  7. まとめ

本日の内容: 【教えて、のりそら先生】学校の常識 ”体育座り” を考える

題して『【教えて、のりそら先生】学校の常識 ”体育座り”を考える』といった内容でお届けします。

学校では常識とされていることがいくつもあります。

常識になっているので疑うことをしませんが、その必要性等について考えて良いものもあります。

そのようなものに目をつけて考えてみます。

今回は、”体育座り”についてです。

一緒に考えていきましょう。

今回このお話を聞くことで、体育座りについて考えを深めることができます。

お子さんの教育について関心ををおもちの保護者の方々、志をもって子どもたちのために活動しているすべての方々、今何かに一生懸命に挑戦されている方々、教育に関心のあるすべての方々に向けてお話をしていきます。

”体育座り”廃止の傾向

学校において、体育の授業や集会でおなじみの「体育座り」。

実は、世界でも日本でしか見られない珍しい座り方で、内臓を圧迫し、座骨の痛みが出るなど体には悪影響が多いという指摘があるといいます。

そのため、集会時の座り方を見直す学校も出てき始めました。

当たり前だった学校の光景が見られなくなる日が来るかもしれませんね。

”体育座り”とは?

日本人であれば誰もが通った道だと思うので、今更説明の必要がないかもしれませんが、”体育座り”とは、次のようなものです。

”体育座り”は、曲げた両膝を両手で抱えるようにして座ります。

地域によっては「三角座り」「お山座り」とも呼ばれています。  

1965年に文部省(当時)が、学習指導要領の解説書として発行した「集団行動指導の手引き」で、「腰をおろして休む姿勢」として写真付きで示されてから広まったというのが始まりということです。

省スペースで手遊びがしにくく「行儀よい姿勢」という印象が浸透したといいます。

体への影響 

体への悪影響として、腰痛を引き起こしていることは、研究で明らかになっているそうです。

国際医学技術専門学校の理学療法士の方によると、の2014年調査で、主に関西地方の小学5年~高校3年の男女939人の12・7%に腰痛があり、座った時に痛みを訴えるケースが66・4%で、そのうち体育座り時に痛みを感じたのが52・3%だったといいます。  

理学療法士の方は、

「教育の場で話を聞くことより、姿勢を維持することに焦点が置かれすぎている」

と問題視し、「もぞもぞ動くのは、痛みを回避しようとしているため」と解説しています。

すでに廃止している学校も

山口県下関市の中学校は昨春、集会での体育座りを改めています。

着任した校長先生が、集会時に体育座りをする生徒がつらそうにしているのを見たのがきっかけだったそうです。  

校長先生は、教員やPTAと相談し、パイプ椅子を導入。

集会時は生徒が自分の椅子を出し、終わったらしまうようにする。

準備に5分ほどかかるが、会が1時間を超えても落ち着いて参加できるようになったと効果を語っています。  

床に傷が付くのを防ぐため、椅子の足に専用ゴムを装着する導入費に十数万円かかったといいますが、校長先生は、

「当たり前とされてきた体育座りは生徒に苦痛を強いていた。考え方の転換が必要だった」

と訴えています。  

同様の理由で群馬県高崎市の中学生から「体育座りを廃止して」と市に意見が届いた例もあるようです。

大東文化大文学部の教授は、

「体育座りは、際だって『日本的』な指導で子どもの人権を保障しているとはいえない」

と強調しています。

”体育座り”総括

特別意味をもたない座り方ぐらいは、自由にさせてもいいのではないでしょうか?

心身によくないことが明らかなのであれば、見直さない理由はないでしょう。

”体育座り”でなくても、礼節をもって話を聞ける態度を身につけさせる方が良いでしょう。

なぜなら、長時間の集会等のお話において、子どもたちはお尻の痛さを我慢することに頭がいっぱいになっている時間が結構あるからです。

目的は、きちんとお話を聞くこと。

この目的にかなう座り方を検討してみたら、答えは”体育座り”とはならないような気がします。

教員は、”体育座り”をしていない児童生徒に目を光らせ、指導しなければという頭で子どもたちを見守っています。

でも、本来それは必要なことでしょうか?

本当に必要なことに教員も労力を割くべきだと考えます。

みなさんは、どのようにお考えになりますか?

まとめ

さて、今回は、『【教えて、のりそら先生】学校の常識 ”体育座り”を考える』というお話をさせていただきました。

これまでの常識を疑い、より時代にあったものや、より実用的なものに変えていくということは、さまざまな場面で必要となります。

学校には、”体育座り”だけでなく、その必要性のないもの、時代にそぐわないものがまだまだたくさんあると考えます。

よく考えて、必要性がなければ変えればいいだけです。

シンプルなことですよね。

私のりそら、日本の、世界の学校の未来がより良いものとなるようこれからも発信していきます。

加えて、これまでのように先生方の日頃の頑張りを世の中に伝えていきたいと思います。

先生方は、どうか日本の子どもたちのために、目の前の子どもたちのために、真っ直ぐにエネルギーをお使いください。

私のできることはさせていただきます!!

のりそらからは以上です!!

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