教育に余白を

”果たして、子どもたちの未来がより良いものとなるような教育がなされているのか”

日本の教育のあり方について、常日頃から考えています。

歴史を振り返ると、1人の先生が30人以上の子どもたちに教科の指導を行う(一斉指導)は有効でした。

学びを効率良く、より多くの子どもたちに届けることができたからです。

日本の今があるのは、戦後からの復興の過程での教育がうまく機能していたからということは大きいでしょう。

戦後教育を成立させるためには、”厳格な規律”が必要でした。

”厳格な規律”がなければ、知識をマスに届けることが難しくなるからです。

”厳格な規律”とは、

①大学を卒業して多くの専門知識を学んだ”先生”が否応なしに尊敬されること、すなわち明確な上下関係

②風紀を乱す者には、相応の制裁が課せられること、すなわち体罰

③学校教育を営む上で支障となるものやことの排除、すなわち校則

④一人ひとりがバラバラではなく同じであること、すなわち同調圧力

などです。

さて、話を現代に戻します。

現代は、少子高齢社会です。

現代は、親の学歴も高くなりました。

現代は(実はずっと)、体罰は禁止です。

現代は、いかに人と違えるかが評価される社会です。

先に述べた”厳格な規律”と照らして矛盾する点が多々あります。

その矛盾がある中で、ほぼこれまで通りの教育を行っているのが現代の日本と言えるのではないでしょうか。

教育が変わらないことにより生まれている諸問題があります。

例えば、いわゆる”不登校”。

例えば、学級崩壊。

例えば、授業崩壊。

例えば、勉強がまったくわからない子どもたちの存在。

例えば、先生不信。

例えば、教員の成り手不足。

例えば、統廃合。

私たちは、この諸問題の解決を通して、日本の教育のあり方を実は模索しています。

学校に行けない子がいるとしたら、どうだったら行けるのか。

勉強がわからない子がいるとしたら、どうしたらわかるようになるのか。

落ち着きがない子がいるとしたら、どうしたら落ち着いていられるのか。

大人を信用できない子がいるとしたら、どうしたら私たちの声に耳を傾けてもらえるのか。

学校を再編するとしたら、使われない校舎が生まれるわけで、そもそもこれから先も費用のかかる既存の校舎ほどの建物が必要なのか。

NEXTAGE SCHOOLが開校しておよそ5年になります。

NEXTAGE SCHOOLの始まりは、教育の常識をいったんすべてリセットし、0の状態から教育の場を構築しました。

校舎もない。

先生もいない。

何を学ぶかもない。

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   ・

ない、ない、ない、ないものだらけの状態から、本当に必要なものから取り入れていく。

こういったスタンスで必要なものを取り入れていくので、日々アップデートしています。

他方、公教育の学校は、これまで踏襲してきたものを継続し、新たに必要となった業務が増えていく。

通常は、何かが増えたら何かが減るものであり、その頭で新たなものを始めなければいくら時間があっても足りません。

とにかく学校はやることがパンパンで本質と向き合えていないような気がするのです。

新しいことを取り入れるには、”余白”が必要です。

ただ、日本の教育を現代版に是正するために必要な、”余白”は”大きな大きな余白”だと思います。

それは、一度まっさらにしてしまった方が早いほどの。

“教育に選択肢を、人生に革命を” すなわち ”教育革命”

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