没頭すること

夏休みの課題を終え、探求学習にてデジタルイラストに夢中に取り組む生徒の様子です。

「ミニキャラを作りたい」

ということで、イラスト作成ソフトを使って”ミニキャラ”を作製しました。

時間にしておよそ1時間。

とにかく没頭している様子でした。

完成版は、↓です。

とても上手に描けていますよね!!

描き上げた時の生徒の達成感を伴った顔がとても印象的でした。

子どもには、没頭する力が備わっているように思います。

没頭から生まれるパワーは、本当にすごいものがあります。

案外この没頭をさまざまな場面で阻害してしまっているように感じます。

「◯◯してないで勉強しなさい」

こうして始めた勉強の成果はどれほどあるでしょうか?

子どもに主体的に学習してほしいと願うのであれば、そういう環境を作り上げねばなりません。

”環境”というと、何か物理的なものをイメージしますが、ここで言っているのは精神的な環境です。

自ら進んで勉強しようと思えるような精神的な環境とは、一体どんな心の状態でしょうか?

「勉強しなさい」

は、それに相反するような精神的環境と考えます。

我々指導者や保護者の方は、子どもたちの”社会的自立”を目標に子育てや教育をしています。

”社会的自立”を達成している姿は、”言われたからやる”というものではないはずですよね。

だとしたら、その逆”言われなくても進んでやる”人になるにはどうしたら良いのでしょうか?

1つ言えることは、アドラー心理学でいう「課題の分離」を心することだと思います。

「課題の分離」とは、”この課題は誰の課題であるか”これをきちんと考えることです。

勉強するのは・・子ども

勉強しないで困る可能性があるのは・・子ども

教育者や保護者ではないわけですね。

では、教育者や保護者は何もしなくていいのか?それは違いますよね。

いい意味で”そそのかす”、これが実は大きな役割のように思うのです。

具体的には、教育者や保護者自身が(それぞれの立場で必要な)勉強を楽しむこと。

どんな小さな”言われなくても進んでやった”ことを見逃さずに大いに誉めること。

自分で決めるチャンスをなるべく多く設けること、などが挙げられます。

現実問題、保護者の方ご自身がお子さんの課題を自分の課題のように受け止めて心配して先回りをして、つい「勉強しなさい」。

「勉強しなさい」というネガティブワードを使わずに、勉強できる子に育てていきたいですね。

それには、「課題の分離」と確固たる信念が必要だと考えます。

”確固たる信念”とは、社会的自立に向けて”言われなくても進んでやる”人に育てるという信念です。

「課題の分離」と”確固たる信念”を持続させることは実は大変です。

つい、自分の思い通りに子どもを導きたくなってしまいます。

しかし、それに負けてしまうと、”言われなくても進んでやる”人には育ちづらくなる。

さあ、みなさんはどうですか?

さらには、放任や自由と「課題の分離」と”確固たる信念”との違いをきちんと区別することが必要で・・

さすがに長くなってしまうので、今日のところはここまでにします。

子育て、難しいことも少なくないですが、子どもと今のような関係で関われるのもそう長くはありません。

いろいろありながらも、エンジョイしていきましょう!!

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